これはおいしい水です

アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲で「おいしい水」という歌がある。原題は「Agua de Beber」、ポルトガル語で「おいしい水」ではなく「飲むための水」「(生きるために)飲む水」という意味だそう。以前、かつての親友がそう教えてくれた。

わたしたち生き物は水がないと生きていけないのだから“おいしい”なんて言ってる場合ではないのかもしれない。

 

 先日書店で『これは水です』という本を見かけた。気になったので手にとって読んでみた。特に読書家でもなく、取り立ててアメリカ文学に興味があるわけでもないので知らなかったのだけれど、ポストモダン文学の旗手と言われていたデヴィッド・フォスター・ウォレスという作家がいたそうで、彼が2005年、ケニオン大学の卒業式でスピーチしたものをそのまま書籍化したものだった。

 卒業式のスピーチなのでああいう話なんでしょ“ハングリーであれ”とか、というとそうではなくて、ちょっとしたコツ、この退屈で死にたくなるような毎日を生きていくためのコツが書かれていた。それは本当にちょっとしたことなんだけど、それが意外と難しい。スピーチした本人が自ら命を絶ってることがその難しさを物語っている。

でもたしかにこれは水なんだなと思わずにはいられなかった。これはおいしい水ではなく、飲むための水なんだと。

 

これは水です