アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』、デヴィッド・スーシェがポワロを演じるテレビシリーズ『名探偵ポワロ』のスペシャル版、それがすこぶるよかった。あの吹雪で足止めを喰らった上に電気が止まってしまった寒々しい列車内とか、悪人役のトビー・ジョーンズとポワロのやりとり、列車に乗る前のイスタンブールでのエピソードも後々効いてくるし、エンディングでのポワロの葛藤はなんとも言えない。
そうはいっても本当はミス・マープルものが好み。みんなそう変わらない、そういう状況ではたいていの人はこう考えるものよ、と身近な人物(親戚やご近所さん)の例え話から推理する方法が素晴らしい。例え話で人を納得させたり、または納得したことは誰でも一度くらいはあるはず、その方法はいたって普通のこと。わたしはいつも父にその手を食わされていた。マープルが事件を解決するように、わたしの疑問や悩みを解決してくれたのだから父には感謝するのみだが。
たとえばシャーロック・ホームズとミス・マープルはまるっきり異なるタイプのように見えるかもしれない。でもやってることはまるで同じ、周りの人や状況をよく観察すること。そして観察に基づき「あり得ないことを排除すれば最後に真実が残る」といった具合にミステリーを解き明かす。コナン・ドイルもアガサ・クリスティも観察することが好きで、共に優れた慧眼の持ち主だったのだろう。
アガサ・クリスティはもちろんシャーロック・ホームズを読んでいる。子供時代には姉が犬の話やなんかを語ってくれたのを喜んで聞いていたそうだし、ポワロにもワトソンが必要だと思い至ってヘイスティング大尉に登場してもらったのだと自伝にあった。